VeritasからPure Storageへ繋がるエンジニア精神

Pure Storageは2015年にIPO(株式公開)しており、その時には個人で株購入することを検討した。面白い会社なのだ。

ストレージ専業ベンダなので、あまり表舞台に出て来ることは多くないけれども、興味深いビジネスモデルを掲げているのだ。

そのビジネスモデルとは、ある意味で当たり前だけれども、「顧客と接して課題を把握する」である。
もちろん間接販売主体とか、ハイリスク・ハイリターンといった、特徴的な事業戦略はある。EvergreenやPure as a Serviceといった特徴的なサービスや、先進ストレージ製品もある。しかし最も重要である会社運営の基盤となる企業理念が、「顧客課題を解決支援するサービスの提供によって売上/利益を確保する」なのである。

今回は、「当たり前なんだけれども、今まで見たことのない企業であるPure Storage」を紹介させて頂くことにする。

記事タイトルのVeritasとは

日本のITインフラ業界の関係者だと、Veritasというと、「バックアップ・ソフトウェアの会社でしょ?」と認識している方々が多い。
うん、その通りだ。

しかし村の長老… でなくて、60歳を越えるITインフラの超ベテランにとっては、「VxVMやVxFSの会社」という認識なる。VxVMやVxFSは、Veritas Volume ManagerとVeritas Files Systemの通称である。

今から40年前の1980年代は、まだMicrosoft Windowsは知られておらず、Microsoft DOS (MS-DOS) の時代だった。GUI (Graphical User Interface) ではなくて、CUI (Character User Interface) ベースのOS (Operating System) だ。

Windowsターミナルのような黒っぽい背景に、点滅するカーソル。そこに実行コマンドを英数字で入力していく。そういった時代に業務用コンピュータ(サーバ)採用されていたOSは、UNIXというオペレーティングシステムだ。これを個人が独力で同じように再現したのが、1992年に誕生したLinuxだ。

UNIXはユーザーに大人気となり、IBMやHPEなどが揃って自社版のAIXやHP-UXを提供したけれども、メインフレームのようには洗練されていないOSだった。だから保存データを読み書きするディスクの管理機能が十分とは言えなかった。

そこに目を付けて、ディスク部分を仮想化する論理ボリューム管理機能や、ファイルシステム機能だけを独立ソフトウェアとして開発したのが、Veritasだったりする。その頃の日本でUNIXを独自開発していた富士通、NEC、日立などもVxVMとVxFSを導入した。

有料の商用ソフトウェアだったけれども、導入するだけの価値はあったのだ。ちなみに共有ファイルシステムも開発し、Oracle RAC DBは、製品化当初にVertasソフトウェアを前提ソフトウェアとしていた。

今のIT業界ではSDS (Software Defined Storage) という概念が普及しているけれども、その始まりはVeritasだ。「SDSの始祖鳥」と言っても差し支えない。

そして目ざといVeritasはバックアップの重要性を認識し、バックアップ企業を買収した。その買収も大成功をおさめ、当初はエンタープライズ企業向けバックアップソフトウェアと口にした瞬間に、誰もがVeritas NetBackupを想像する程だった。破竹の勢いだった。

その一方でVxVMも技術的に独走しており、Windows NTにも技術導入された。そんなVeritas技術陣を支えた一人が、CTOという立場でPure Storageを創業したJohn Coz氏だ。本人はIQ 200だと言っている。

そんなCozが、もう一人のJohnであるJohn Hayes (彼もIQ 200) を見い出し、会社を起業することにした。そしてCEOを任されたのがScott Dietzenで、三人は2009年にPure Storageを創業した。

創業した頃のPure Storageには、錚々たる技術メンバー(レジェンド)が揃っていた。

  • Scott Dietzen:Web Logicに買収されたBEA CTO
  • John “Coz” Colgrove:Veritas Fellow, CTO & principal architect of VxVM/VxFS
  • John Hayes: Yahoo! Chief Technologist
  • Bob Wood: NetAppVP of File System Engineering
  • Michael Cornwell: Lead technologist of Sun Storage
  • Ko Yamamoto: NetApp director of platform engineering

そして取締役会にはVMware創業者、VMware CEO、SAP CEOが名を連ねるという、経営面でもレジェンドなメンバーが揃っていた。ちなみにJohn CozはVeritas時代に、70件ほど特許を出願している。

こういったメンバーが、初期のPure Storageを構成しており、現在のPure StorageでもVeritas出身者が多い。2021年時点でPure Storage技術者の95%がソフトウェア開発者ということだけれども、それも当然のことかもしれない。

課題把握はムズカシイ

さてVeritasの紹介では殆ど触れなかったけれども、Veritas技術チームには特徴があった。それが、「顧客と接して課題を把握する」なのだ。残念ながら、日本ではVertasでもPure Storageでも、会社経営の中核になっているとは言えない。

(だからPure Storageは米国ビジネス中心となってしまい、海外展開に苦労しているという見方もできる)

この課題の把握というのは、当たり前のように見えて、実は恐ろしく難しい。世界を代表するコンサルティング会社マッキンゼーでは、1970年代にPyramid Principleという技法が考案された。

僕はSituation、Complication、Question… という用語を持ち出すことが多いけれども、これはPyramid PrincipleのSCQフレームワークの構成用語だ。「金を払うから、困っているから相談に乗ってくれ」と依頼されるマッキンゼーでさえも、何が課題であるかを見抜くのは、なかなか大変なことなのだ。

ましてやVeritasやPure Storageが期待されているのは一企業の課題を明らかにすることではなくて、「自分たちの商売相手となる『潜在顧客たち』が抱えている課題を明らかにすること」だ。

何度も繰り返すが、これは簡単なことのように見えるけれども、実は本当に恐ろしく難易度が高い。僕の会社でも、一時期は本部長たちも駆り出して、ブレインストーミング会議を定期開催したことがあった。

大雑把なテーマを決めて、研究所メンバーまで担ぎ出して、顧客ヒヤリングチームが顧客担当者と意見交換を実施する。幾つもの顧客でヒヤリングを実施して、それを元にブレインストーミングの叩き台ネタを作成する。そして会議を開催する。

具体的な内容は紹介できないけれども、どこの企業でもこういった顧客ニーズの発掘や、他者競合分析といったことを、部署まで作って組織的に実施している。それくらい、大変なことなのだ。

なお僕はVeritasのSE部長と少しだけ親しくさせて頂いた機会があったけれども、彼のアドバイスは恐ろしく役に立った。

  • まず商品を売りたいという心を消し去る
  • 機会があったら顧客のところへ伺い、ともかく話を伺う
  • 雑談にヒントが隠れていることもあるので、全てメモする
  • 自社ソフトだけでなく、ともかくあらゆる手段で、顧客の課題解決を手伝う
  • 自分製品が役立つことがあったら、ラッキーと喜ぶくらいの心構え
  • 次回も会って頂けるように、何かしらネタは準備して伺う
  • お客様は売上/利益の維持や拡大が最終目標

… こんな内容を、パートナー企業経由での間接販売主体のVeritas SE部長が、売上を伸ばすコツとして、真顔でアドバイスするのだ。ソフトウェアを販売する企業というよりも、まさにコンサルタントに近いのかもしれない。

こんな視点は、人生で成功したレジェンドたちにしか持てない視点かもしれない。ともかく、Pure StorageはJohn Cozが創業者であり、彼が自分の趣味 (課題を抱える企業たちの問題解決) を満たすために、2022年3月時点でもChief Visonaryとして頑張っている。

(もちろん彼は経営方面には口を出さず、あくまで技術部門の統率までを分掌としている。そして自分の趣味を売上/利益に変えることを、CEOやCFOといった企業運営チームに任せている)

“One thing we learn about Coz is that he never thought of himself as an entrepreneur, but rather a problem-solver. When he looked for companies to work for, he wanted to work on problems that needed solving. He realized that no one was doing what needed to be done or had grossly underestimated the amount of work necessary to do it. So he set out to solve the problems himself. As Coz puts it, he needed to “fix everything stupid” the storage industry had been doing for years.”

事業戦略の決定

さて興味深い技術陣のPure Storageだけれども、経営陣が展開する事業戦略も興味深い。優秀な経営陣が、ストレージ市場で新興企業(年間売上$2Bレベルで従業員5,000人未満)を売上成長させるために、大胆なハイリスク・ハイリターン戦略を採用している。

だからPure StorageはF1カーレースで、コーナーギリギリを攻めるような光景を見せてくれるが、同時に一流の経営陣により、ドライビングテクニックにも見事さが表われている。

たとえば一般のストレージ企業だと、コンピュータと外付けストレージ装置を接続するパスは、独自ソフトウェアで冗長化している。その方がLinux標準品よりも信頼性が高まるからだ。

しかしPure Storageは、敢えてLinuxなどに標準のドライバソフトを採用している。そして、そのおかげで顧客向けサービス中の無停止アップグレード (Non Disruptive Upgrade) を実現可能なのだ。「若干危ない橋を渡るけれども、そこでダメだったら、定期メンテンナンス時間などをゼロに出来るから、全体的に見て大丈夫」と、顧客にとって会社売上/利益を最大化させる方向で、トラブルを最小化するという発想でサービス提供しているのだ。

ぎじゅ的なアイディアを出しているのは。取締役会副会長でもあるJohn Cozかもしれないけれども、それを吟味して採用しているのは、Ciscoの軽々幹部を経験したことがあるような超ベテランたちだ。こういった面々が事業戦略を決定しているので、なかなか特徴的だったりする。

ちなみに社内用語も興味深くて、「セールス(営業)」ではなくて「ハンター」と呼称しているとのことだ。新興企業は新規顧客/新規売上の獲得が重要だから、「ハンター」が相応しいとのだそうだ。日本のベンチャー企業でも、珍しいのではないだろうか。

まとめ

以上の通りで、Pure Storageというのは「スタートアップ企業にありがちな、先進製品を開発する技術力だけで勝負する会社」に留まっていない。AmazonやFacebookのようにCEOが前面に出て来る企業ではないけれども、創業者であるJohn Coz氏が企業文化を形成している企業である。

ちなみにビジネスとは関係ないけれども、John Coz氏はTシャツ姿で写っている姿が多いけれども、その下はいつも「短パン」である。服装も、独自のセンスを貫いているのだ。

彼は滅多に表舞台に登場することはないけれども、IPO直後に、Tech Field Dayに登壇したことがある。2015年頃なので古いものだけれども、興味のある方は、試しに視聴してみるのも悪くないだろう。

それでは今回は、この辺で。ではまた。

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記事作成:小野谷静