[まとめ記事] 売上倍増が期待されるIBM
IBMは誇張表現などで罰金を取られないように表現を抑えていますけど、売上倍増を目指しています。これが株価の上昇した理由です。
売上倍増を目指す施策が「世間でのお約束な定型パターン」であるため、実現性が高いと評価されている訳です。
- 自社製品の優先販売を終了(何でも売る)
- 2つの独立企業(独立会計)で売上倍増
たとえるなら、高品質な日本企業からアメリカンな米国企業に変化していく訳です。
果たしてIBMの皮算用が成立するかどうかは、今後の潜在顧客の反応や追加施策次第です。
おそらく日本人にはピンと来ないと思いますので、上記の背景や理由を説明させていただくことにします。
日本企業だったIBM
まずIBMというのは、アウトソーシングや日本企業のような「コンサル的SI」や「高品質SI」を初めて実現した企業です。
つまり日本のIT業界ってガラパゴス的というか、日本人の高品質好みな気質を反映したことが原因なのか、世界的に珍しい「顧客が丸投げして大丈夫なSI」を提供しています。
“Big Blue”などやスーツで有名で、Appleと協業した時には笑い話にさえなりました。終身雇用を思わせる長期在籍者も多かったです。
コンピュータを自動車や冷蔵庫のような日常品でなく、「ちょっとスゴいことを実現してくれる神殿」のようなイメージに仕上げたのもIBMです。
実はこれには、昔の日本IBMも貢献しました。「顧客が丸投げしても大丈夫なSI」を実現したのは、日本文化に合わせて変化した日本IBMなのです。
「日本市場の特殊性もあり、世界のIBMグループの中でもユーザーのシステム構築に深く参加したケースが多かったことも特徴である。現在ではIBMは世界レベルでもサービス事業の比率が売上の6割となったが、そのベースとなった。SI(システムインテグレーション)事業は、日本IBMが先行していた分野とされる。」
昔はコンピュータシステムといったら、顧客が自分で構築するのが当たり前でした。もともと高級レストランのようなイメージのあったIBMに、「ゆりかごから墓場まで」という要素が加わった訳です。
このような高品質なサービスを実現するには、戦後のIBMみたいな「優秀な社員」だけでは実現できません。コンピュータは自動車や冷蔵庫と異なり、複雑な機械やプログラムの集合体です。
レゴ・ブロックのように簡単には組み立てることはできません。実機で接続検証をして不具合を調査・改善するといった作業が必要になります。日本人が得意とする「根気と手間と時間のかかる作業」がITシステムを支えている訳です。
このような状況だから、20世紀後半に「オープンシステム」などという用語が登場した訳です。最初から気軽に組み合わせることが出来るレゴ・ブロックならば、「オープン」だとか「システム」といった用語は必要ありません。
だから「サービスビジネスはIBMが開始した」と言えるのです。日本では無料で提供するのが常識のような風潮がありましたけど、IBMはキチンとお金を取るようにしたのです。流石です。
(日本だと某社でもサポートサービスなどを有償化してビジネスにするには、随分と苦労しました)
ここにアクセンチュアが目を付け、「お客様の代わりに体力仕事まで全てやります」とアウトソーシングに手を出し、二大アウトソーシング企業が誕生した訳です。
そしてNTTデータが解説しているように、全てやらないとSIerという訳ではありません。最も苦労する割に利益率の低いシステム構築作業は、インド3(4)大企業などがSIやアウトソーシング(の下請け)として急成長した訳です。
- Satyam Computer Services
- Wipro Technologies
- Infosys Technologies
- Tata Consultancy Services(TCS)
- Cognizant Technology Solutions
- HCL Technologies
ちなみに日本人はアウトソーシングというと構築後の運用代行をイメージしがちですけれども、システム構築も含みます。運用を代行するためには、システム構築から関与した方が効率良いです。
IBMはメインフレームコンピュータの設計・製造・開発・販売で世界的に有名な企業となりましたが、実はPCの誕生に寄与(MicrosoftはIBMの業務委託で誕生)していたりもします。ハードウェア・ソフトウェアメーカーと捉える日本人が多いですけど、SIベンダとしても一昔前(20世紀最後-21世紀初め)は有力な存在でした。
競争原理の導入と分社化
さてそんなIBMですが、特殊性を支えるには特殊な人材が経営・管理層に存在することが必要です。しかしグローバル化、競合相手の成長・クラウドの誕生により、徐々にIBMも一般的な企業に近くなって来ました。
日本のIT業界の関係者だと「耳が痛い」と感じる人も多いでしょう。IBMも顧客打ち合わせで、10名近い社員が出席するようになりました。大前研一氏が指摘する「会社に命を捧げるスーパーSEの消滅」です。悪貨は良貨を駆逐します。
またIBMは「可能な限り自社(信頼関係のるパートナー)製品で固める」を基本方針で社内的に推し進めて来ました。
これはIBMに限らないことです。オープンシステムは「安かろう悪かろう」「自分が好きなように作ってオープンと名乗る」が当たり前の世界です。そもそも高度で複雑なIT機器は、どう頑張っても接続不良や故障から逃れられません。
その中で比較的安全なのが、メインフレームと「自社製」オープンシステムで組み合わせることです。そしてこれを実現するためには、ソフトウェア/ハードウェアといった製品事業部門に負担をかけることになります。
クラウドの素晴らしいのは、全てをクラウドベンダーの管理下において、安定性や性能を維持できることです。おまけに開発者フォーラムなどの組織体制により、企画段階からアドバイスを貰えます。(日本では当たり前ですが、海外では口約束だけで参加可能なツケ払い的な「コミュニティ」は珍しい存在です)
このようなクラウドの機能/導入&運用支援体制がモノを言って、IBM自身もSoftLayer/BlueMixを買収してIBM Cloudに注力して来ました。しかしAWS/Azureはおろか、Google GCPからも引き離されつつある状況です。
競争原理の導入
背に腹は代えることは出来ません。IBMは2018年頃から、IBM売上の半分近くを占めるGTSを中心に、マルチクラウド対応を進め始めました。
- [クラウドWatch誌] 日本IBM、グローバル・テクノロジー・サービスの事業戦略について説明 (2017年9月27日)
- [クラウドWatch誌] 日本IBMのGTS事業、マルチクラウド環境の統合管理など3つの重点フォーカスで推進 (2018年3月5日)
- [ZDNet誌] IBM GTS事業、マルチクラウド時代を前提とした2018年戦略を発表 (2018年03月06日)
この状況は外資系ベンダに戻りつつあるIBMでも同様で、上記の記事でも次のような記述が存在します。
「日本IBMにおいて売上の4、5割ほどを占めるGTS事業は現在、「IBM Service」のブランド名で展開されている。エンタープライズアプリケーションのSIや運用だけでなく、ビジネス戦略策定や業務プロセス設計から、モビリティ、レジリエンシー(DR/BCPやバックアップ)、産業別ニーズに対応するソリューションまで、エンドトゥエンドでカバーしている。さらにマルチベンダーのハードウェア/ソフトウェア、マルチクラウド、マルチキャリアネットワークへの対応力も強みとする。」
そして表立たない形で、AWS/Azure/Google GCP対応が始まりました。GCPに至っては、2020年初めからGCPでPowerシステム提供も開始されています。
- [IBMサービス] Consulting Services for AWS Cloud
- [Google GCP] IBM Power Systems が Google Cloud で利用可能に (2020年1月16日)
PowerシステムはGCP売上を支援し、IBM Cloud売上を阻害している訳です。IBM CloudはVMware連携を推し進め、Red Hatビジネスの妨げにもなっています。
高品質なサービスだけでは売上は維持できなくなりました。このためマルチクラウドを旗印として、社内でも競争原理の導入を進めた訳です。
分社化の導入
IBMは優秀なスタッフとノウハウを蓄積した企業です。競争原理を導入しても、そしてRed Hatを買収して一体化に成功したものの、大きく状況変化しないことを認識しました。
また昨今の世界情勢変化により、グローバルビジネスが難しくなって来ました。そこで大企業の定番となっている “分社化” を2020年10月8日に発表しました。
これはDellが2016年に実施したし、HPEも2017年に実施(DXC設立)しています。これにIBMも倣った形になります。さらにIBMでは、社内での競争原理を全開にした訳です。(NewCoはパブリッククラウドだけでなくてマネージドサービス全般なので、Pure Storageなどのハードウェアも必要に応じて取り扱うことになる訳です)
もともと2018年3月説明会で、日本IBM幹部(分社化されるGTS担当)が「IBMではマルチクラウドの統合管理に注力する。具体的には、マルチクラウド環境でのシステム構築と運用管理に対応し、24時間体制のクラウドサービス組織を増強する」と宣言しています。想定内のシナリオです。
ちなみにIBMのSI部門は幾つかに分散されており、ITインフラの構築を推進できるSEはGTS以外にも存在します。また拡販担当のテクニカルSEとしては製品事業部の中にもITインフラエンジニアが存在します。
したがってAWS/Azure/GCPを扱えて、さらにアクセンチュア(アウトソーシングが売上7割)とガチンコで競合する企業を作るために分社化したとまでは言えます。しかしIBMのどこまでを分社化するかは不透明です。
今のところ分かっているのは、AWS/Azure/GCP採用案件に対応できるSE/保守部門(アウトソーシング実務部隊)は切り出され、サーバ(MF含む)/ストレージやソフトウェア部門はIBMに残ります。
ただし買収したPwCなどの上流コンサルや営業体制は不透明です。ちなみにIBMのグローバルサービス体制は、次の通りです。
日本アイ・ビー・エムはコンサルティング部隊のGBSとエンタープライズ企業のITインフラを支えるGTS、ハードウェア事業、ソフトウェア事業で組織が成り立っております。
GBSはグローバル・ビジネス・サービスの頭文字をとったもので、元々は、2002年に米国IBMがPwCコンサルティングを統合し設立された「IBMビジネスコンサルティングサービス」が2010年に日本アイ・ビー・エムと経営統合して出来た部門です。
SI企業がコンサルティング部門を立ち上げたのではなく、コンサルティング会社を統合し、クライアントにサービスを提供していることが、同社の特徴です。
GTSはグローバル・テクノロジー・サービスの頭文字をとったもので、IBMの中で最大の売上比率を占める事業です。提供するのは、エンタープライズ企業のITインフラを支えるための、ITアウトソーシングやITインフラ構築、テクニカルサポートといった技術サービスです。
少なくともIBMとしては早速、AWS対応を強めて来たようです。旧IBM本体では「IBM Cloudをいつまで続けるのか」や、GCPとの関係はあります。しかしNewCoはAWSを推し進めても問題ない訳です。
売上倍増のカラクリ
さて分社化と言いながら、組織が複雑ということもあって、何をどうするかが今一つ不透明です。
ともかく予想通り、レイオフを開始したとのことです。
ちなみにインドではリストラの話は聞いていませんが、CEOインタビューによると1/4から1/3がNewCoへ移るとのことです。もともとCEOがGTSの分社化の可能性をコメントしており、各国では織り込み済みのようです。
- One-third of IBM staff in India may be moved to new infra services biz: CEO (Oct 9, 2020)
- [ZDNet誌] 日本IBM社長が会見で垣間見せた「パブリッククラウド戦略」 (2020-06-19)
- [ZDNet誌] 日本IBM、企業のDX推進する新会社を発足–グループ3社を合併 (2020-05-19)
さて売上倍増に関しては、実は大したことはありません。先にコメントしたDellやHPEも採用した手法です。非連結決算化により、例えばメインフレームの売上がダブルカウントされるようになるのです。
「HPEとは資本関係がない独立系ITサービス企業となる。DXCテクノロジー・ジャパンの社員は日本ヒューレット・パッカード出身者が7割を占める。」と、HPEは非連結決算化しました。
- [The Register誌] IBM to spin out Managed Infrastructure Services biz – yes, the one that was subject to all those redundancies (Oct 8 2020)(Good news for Big Blue’s market cap, not so much for its workers)
- IBM 分社化の意味と狙いを考える
- IBMの分社化に関する正しい理解 クラウドサービスはどうなるのか
上記のように、私と同じく非連結決算化を目指していると認識している者が多いです。だから新会社名の決定にも気を配っていると言えるかもしれません。
また経営者としては売上は大切ですが、IBMの最大の課題は利益を増加させることです。先のアクセンチュア紹介記事通り、IBMは世界標準で見ると利益率を高める必要があります。
この利益を高める方策の一つが社会の競争激化ですが、それだけでは不十分です。このためM&Aや他社協業を予想するアナリストが複数存在し、私も同意しているという訳です。。
まとめ
以上の通りで、IBMは「古き良き高品質サービスを誇る大企業」から脱皮し、「クラウドの時代でも貪欲に生き残れる企業」を目指しています。
さてIBMはどこまで行けるでしょうか。その見通しに関しては、IDCやGartnerなどの調査会社が精査しているところです。
記事作成:よつばせい